山本英俊

円谷フィールズホールディングス 代表取締役社長グループCEO
生まれ1955年10月29日
会社をつくった年1988年
社長になった年1988年(33歳)
持っている自社の株1525万株
社長を続けて39年目1988年から
円谷フィールズホールディングスの社員110人単体

社長になるまでの道のり

1988年に会社をつくり、社長に。

会社をつくってから社長まで0年
社長になった年齢33歳卸売業の社長の真ん中は54歳
円谷フィールズホールディングスで働いて38年

経歴を分解すると

社長になる前に通った部署に●をつけました。棒は、上場企業の社長3,704人のうち、その部署を通った人の割合です。

有価証券報告書の略歴からは、通った部署が読み取れませんでした。

経歴

  1. 1955年生まれ
  2. 1988年6月円谷フィールズホールディングス設立代表取締役社長
  3. 2000年4月有限会社東京糸井重里事務所(現株式会社ほぼ日)社外取締役(現任)
  4. 2007年6月円谷フィールズホールディングス代表取締役会長
  5. 2018年5月円谷フィールズホールディングス代表取締役会長 兼 社長
  6. 2019年6月トータル・ワークアウトプレミアムマネジメント株式会社代表取締役社長(現任)
  7. 2022年8月円谷フィールズホールディングス代表取締役社長グループ最高経営責任者
  8. 2022年10月フィールズ株式会社取締役会長
  9. 2024年6月円谷フィールズホールディングス代表取締役社長グループCEO(現任)
出典:円谷フィールズホールディングス 有価証券報告書「役員の状況」(EDINET S100YBQC)

社長になってからの主な出来事

  1. 1988年6月愛知県名古屋市緑区に、遊技機の販売および製鉄原料の販売を目的として株式会社東洋商事を設立
  2. 1999年1月ISO9002取得(販売部門)(2002年12月にISO9001に移行)
  3. 2001年6月「TOTAL Workout」フィットネスクラブ営業開始
  4. 2001年10月会社分割(新設分割)を行い、新設会社(株式会社東洋商事)に製鉄原料部門等を移管 商号をフィールズ株式会社に変更するとともに、本社を東京都港区に移転
  5. 2002年3月有限会社セリオ(現、フィールズジュニア株式会社)を株式取得により子会社化
  6. 2003年1月株式会社デジタルロード(現、株式会社ルーセント)を子会社として設立
  7. 2003年3月JASDAQ市場に上場
  8. 2003年11月SANKYOグループ 株式会社ダイドー(現、株式会社ビスティ)と遊技機販売取引基本契約を締結
出典:円谷フィールズホールディングス 有価証券報告書「沿革」

出身

出身大学確認中
出身高校確認中
出身地確認中
最初に入った会社確認中

公式の役員紹介・本人のインタビューで確かめられたものだけ、出典つきで入れます。

同じ年に社長になった人・同い年の社長

一緒に経営する取締役

吉田永専務取締役アミューズメント機器事業 セグメント統括オフィサー
永竹正幸専務取締役コンテンツ&デジタル事業セグメント統括オフィサー
小澤謙一取締役グループCFOグループ事業経営戦略本部長
出典:円谷フィールズホールディングス 有価証券報告書「役員の状況」(社外取締役・監査役は除く)

円谷フィールズホールディングスで働くと

平均年収776万円年収JP
有給の取得率70.2%採用JP
男性の育休取得率—採用JP
社員110人単体