社長を続けて36年目1991年から
新日本科学の社員1,126人単体
経歴を分解すると
社長になる前に通った部署に●をつけました。棒は、上場企業の社長3,704人のうち、その部署を通った人の割合です。
有価証券報告書の略歴からは、通った部署が読み取れませんでした。
経歴
- 1958年生まれ
- 1981年9月新日本科学 取締役(非常勤)就任
- 1983年4月新日本科学 取締役就任
- 1983年6月医師免許取得
- 1990年3月新日本科学 代表取締役専務就任
- 1991年1月新日本科学 代表取締役社長就任
- 1991年3月医学博士(鹿児島大学)
- 1997年9月新日本科学 代表取締役社長兼CEO就任
- 2006年3月財団法人メディポリス医学研究財団(現 一般社団法人メディポリス医学研究所) 理事長就任(現任)
- 2010年10月学校法人ヴェリタス学園 理事長就任(現任)
- 2014年6月新日本科学 代表取締役会長兼社長 CEO就任
- 2015年4月株式会社新日本科学PPD 代表取締役社長就任
- 2020年8月新日本科学 代表取締役会長兼社長 CEO兼CHO就任(現任)
- 2023年6月新日本科学 水産事業管掌就任(現任)
- 2024年6月新日本科学 グループ財務管掌就任
- 2025年6月新日本科学 TR事業管掌就任(現任)
社長になってからの主な出来事
- 1991年7月米国支社をSNBL U.S.A., Ltd. (現 連結子会社)とする
- 1993年9月鹿児島市に臨床薬理試験(臨床第I相試験)の実施施設(CPCクリニック:後にCPC治験病院)を建設、臨床CRO業務を開始
- 1996年9月東京支社を東京都港区に移転
- 1996年10月大阪支社を大阪市中央区に移転
- 1997年6月自社独自の経鼻投与基盤技術開発に着手
- 1998年8月和歌山県海南市に薬物分析・動態試験を行う薬物代謝分析センターを新設
- 1999年6月臨床開発本部を東京支社内と大阪支社内に開設し、臨床第II相・第III相試験受託事業を開始
- 1999年8月SNBL U.S.A., Ltd.を米国ワシントン州に移転し、安全性研究所を建設
同じ年に社長になった人・同い年の社長
1991年に社長になった人(22人)
1958年生まれの社長(133人)
一緒に経営する取締役
永田 一郎代表取締役副社長COO
高梨 健取締役副会長
角﨑 英志専務取締役
入山 隆専務取締役CFO
長利 京美専務取締役
福元 紳一取締役
新日本科学出身の経営者
林利充ステラファーマ取締役
新日本科学で働いたあと、ほかの上場企業の役員になった人は1人(採用JP調べ)。
永田さんのもとで働くと
平均年収670万円年収JP
有給の取得率72.7%採用JP
男性の育休取得率100%採用JP
社員1,126人単体
月の平均残業は27時間(採用JP)。