飯島延浩

山崎製パン 代表取締役社長
生え抜き社長入社16年目で社長に
生まれ1941年7月28日
入社1964年
社長になった年1979年(38歳)
持っている自社の株367万株
社長を続けて48年目1979年から
山崎製パンの社員19,175人単体

社長になるまでの道のり

1964年・1年目入社
1970年・7年目取締役
1979年・16年目社長
入社から社長まで15年食料品の生え抜き社長の真ん中は31年目(15年早い)
社長になった年齢38歳食料品の社長の真ん中は53歳
山崎製パンで働いて62年新卒で入った会社ひとすじ

経歴を分解すると

社長になる前に通った部署に●をつけました。棒は、上場企業の社長3,704人のうち、その部署を通った人の割合です。

有価証券報告書の略歴からは、通った部署が読み取れませんでした。

経歴

  1. 1941年生まれ
  2. 1964年4月山崎製パン入社
  3. 1970年8月山崎製パン取締役就任
  4. 1979年1月山崎製パン常務取締役就任
  5. 1979年3月山崎製パン代表取締役社長就任(現任)
  6. 1999年3月ヤマザキ・ナビスコ株式会社(現ヤマザキビスケット株式会社)取締役会長就任(現任)
出典:山崎製パン 有価証券報告書「役員の状況」(EDINET S100XQ5C)

社長になってからの主な出来事

  1. 1980年5月(株)サンデリカ設立
  2. 1981年5月香港に香港山崎麺飽有限公司設立(現地法人)
  3. 1981年12月東京都東村山市に武蔵野第二工場を開設して稼働(現埼玉工場埼玉第二東村山工場)
  4. 1982年1月デイリー事業部と(株)サンエブリーを統合し、(株)サンショップヤマザキ(1999年1月(株)デイリー ヤマザキに商号変更)としてコンビニエンスストア事業を本格展開
  5. 1983年10月千葉製粉(株)と合弁会社(株)サンミックス設立
  6. 1984年4月(株)関西ヤマザキが(株)イート食品(現(株)高知ヤマザキ)の株式を取得
  7. 1984年7月タイ国にタイヤマザキCo.,Ltd.設立(現地法人)
  8. 1984年11月群馬県伊勢崎市に伊勢崎工場竣工稼働
出典:山崎製パン 有価証券報告書「沿革」

出身

最初に入った会社山崎製パン

同じ年に社長になった人・同い年の社長

一緒に経営する取締役

飯島幹雄代表取締役副社長営業部門、総務、人事担当
横濱通雄専務取締役経理、財務担当
会田正久専務取締役総務、総合クリエイションセンター担当総務本部長兼社史編纂室長
犬塚勇専務取締役営業担当営業統括本部長
関根治専務取締役広域流通営業担当
吉田谷 良一専務取締役生産、食品安全衛生管理、中央研究所担当生産統括本部長
出典:山崎製パン 有価証券報告書「役員の状況」(社外取締役・監査役は除く)

山崎製パン出身の経営者

佐々木進日糧製パン取締役会長 (代表取締役)
杉山昌樹笹徳印刷代表取締役社長 社長執行役員 全社統括
瓜生徹不二家取締役副社長 洋菓子事業本部担当、 菓子事業本部
宮田晴雄NCD取締役
渡邊賢司日糧製パン常務取締役 製造部門全体統括、食品安全衛生管理本
荒畑克也不二家取締役 経理本部長 兼経理部長

山崎製パンで働いたあと、ほかの上場企業の役員になった人は8人(採用JP調べ)。

飯島延浩さんのもとで働くと

平均年収627万円年収JP
有給の取得率—採用JP
男性の育休取得率—採用JP
社員19,175人単体