名屋 佑一郎

メイコー 代表取締役社長執行役員
生まれ1943年12月9日
会社をつくった年1975年
社長になった年1975年(32歳)
持っている自社の株470万株
社長を続けて52年目1975年から
メイコーの社員565人単体

社長になるまでの道のり

1975年に会社をつくり、社長に。

会社をつくってから社長まで0年
社長になった年齢32歳電気機器の社長の真ん中は55歳
メイコーで働いて51年最初の会社は昭和無線工業

経歴を分解すると

社長になる前に通った部署に●をつけました。棒は、上場企業の社長3,704人のうち、その部署を通った人の割合です。

有価証券報告書の略歴からは、通った部署が読み取れませんでした。

経歴

  1. 1943年生まれ
  2. 1973年12月昭和無線工業株式会社入社
  3. 1975年11月メイコー設立と同時に代表取締役社長就任
  4. 1982年3月株式会社メイコーテック 代表取締役
  5. 1997年3月株式会社山形メイコー 代表取締役
  6. 1998年8月名幸電子香港有限公司 董事(現任)
  7. 1998年12月名幸電子(広州南沙)有限公司 董事長
  8. 2005年7月名幸電子(武漢)有限公司 董事長
  9. 2006年6月メイコー代表取締役社長執行役員就任(現任)
  10. 2006年12月Meiko Electronics Vietnam Co., Ltd. Chairman Of The Board(現任)
  11. 2014年7月Meiko Electronics Thang Long Co., Ltd. Chairman Of The Board(現任)
出典:メイコー 有価証券報告書「役員の状況」(EDINET S100YIE8)

社長になってからの主な出来事

  1. 1975年11月プリント配線板の製造及び販売を目的として名幸電子工業株式会社を設立、両面板の販売を開始
  2. 1978年4月電子応用機器製品の開発を目的にシステム開発部(現・株式会社メイコーテクノ、株式会社メイコーテック)を設置
  3. 1978年10月基板の最終検査工程用に自社専用の基板検査機を開発
  4. 1980年9月新本社事務所及び工場を新設し、設計から最終製品までの一貫生産体制を確立
  5. 1980年12月多層プレス機を導入し多層板の製造を開始
  6. 1981年12月世界で初めてマルチビデオプロセッサーを開発
  7. 1982年3月片面プリント配線板の製造を目的にマルチテック株式会社(現・株式会社メイコーテック)を設立(現・連結子会社)
  8. 1982年9月コスミック株式会社、株式会社コモドールジャパンと合弁でプリント配線板製造会社山形名幸電子株式会社(現・株式会社山形メイコー)を設立(現・連結子会社)
出典:メイコー 有価証券報告書「沿革」

出身

最初に入った会社昭和無線工業

同じ年に社長になった人・同い年の社長

一緒に経営する取締役

坂手敦代表取締役副社長執行役員基板事業統括本部長
和田純也取締役専務執行役員管理統括本部長
桔梗芳人取締役常務執行役員電子機器事業統括本部長
名屋茂取締役常務執行役員基板事業統括本部技術開発本部長
土屋奈生取締役
西山洋介取締役
出典:メイコー 有価証券報告書「役員の状況」(社外取締役・監査役は除く)

名屋さんのもとで働くと

平均年収713万円年収JP
有給の取得率—採用JP
男性の育休取得率—採用JP
社員565人単体