社長を続けて45年目1982年から
免疫生物研究所の社員54人単体
社長になるまでの道のり
1982年に会社をつくり、社長に。
会社をつくってから社長まで0年
社長になった年齢38歳医薬品の社長の真ん中は52歳
免疫生物研究所で働いて44年
経歴を分解すると
社長になる前に通った部署に●をつけました。棒は、上場企業の社長3,704人のうち、その部署を通った人の割合です。
経歴
- 1944年生まれ
- 1964年9月国立がんセンター研究所病理学部技官
- 1975年4月新潟大学医学部第1病理学教室技官
- 1978年9月株式会社日本抗体研究所入社
- 1982年9月免疫生物研究所設立代表取締役社長就任(現任)
- 2001年3月(株)ジーンテクノサイエンス設立代表取締役就任
- 2009年4月免疫生物研究所代表取締役社長兼営業本部長就任
- 2009年8月(株)ネオシルク代表取締役就任
- 2011年6月(株)トランスジェニック(現(株)トランスジェニックグループ)取締役就任(現任)
- 2013年7月(株)スカイライト・バイオテック代表取締役会長就任
- 2021年2月(株)AI Bio代表取締役社長就任(現任)
社長になってからの主な出来事
- 1982年9月医薬品及び医薬部外品の免疫学的研究、開発、製造及び販売を目的として、東京都千代田区に資本金5,000千円をもって株式会社免疫生物研究所を設立。 同時に、群馬県高崎市に研究所を設置。
- 1986年8月研究設備拡充のため、群馬県藤岡市に藤岡研究所を新設し、研究所を移転。
- 1987年12月藤岡研究所内に本社を移転。
- 1994年4月生産能力向上のため、藤岡研究所内に工場を新設。
- 1999年10月初の受託製造品となる関節炎発症カクテル抗体の大量生産に成功。
- 2001年4月藤岡研究所内に遺伝子組換え実験施設を備えた新研究棟を建設。
- 2004年6月群馬県高崎市に本社を移転。
- 2005年3月北海道三笠市に医薬シーズの探索を目的とする実験動物飼育施設を備えた三笠研究所を新設。
同じ年に社長になった人・同い年の社長
1982年に社長になった人(1人)
1944年生まれの社長(3人)
一緒に経営する取締役
中川 正人常務取締役業務執行責任者兼事業グループ管理本部長
福永 健司取締役
清藤さんのもとで働くと
平均年収495万円年収JP
有給の取得率—採用JP
男性の育休取得率—採用JP
社員54人単体